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フランチェスコ・トリスターノ/バッハケージ

フランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)
録音:2010年8月 ベルリン、テルデックス・スタジオ
CD:UCCG-1537 2,800円(税込) ドイツ・グラモフォン [2011年5月25日発売]

【収録曲】
トリスターノ:イントロイト/J.S.バッハ:パルティータ第1番 変ロ長調 BWV825/ケージ:ある風景の中で(1948)/ケージ:四季(1947)/19. J.S.バッハ:デュエットBWV802〜BWV805/ケージ:南のエチュード 第8番(1974-75)/トリスターノ:インタルーズ/J.S.バッハ:フランス組曲 第1番 BWV.812から メヌエットⅡ

 このアルバムは、いわゆる通常のクラシック音楽を収録したCDとは全く性質を異にする。あるコンセプトに基づき、CDそのものとして完結するように意図して作られた、“作品”としてのアルバムだ。タイトルの『bachCage』が示すように、そのコンセプトとは、「バッハとケージを現代的視点からみたひとつの音楽」とし、「切れ目の無いプレイリスト」として演奏すること。クラシック界のこれまでの常識を覆してしまうインパクトに溢れている。

 トリスターノは、クラシックだけでなく、もともとテクノの世界でも活躍しているように、プログラミングと録音の手法も秀逸だ。全体は(最後に置かれたバッハのメヌエットは特殊な姿を見せているため、ひとまずそれを別にすれば)、バッハ(B)とケージ(C)を“対”として間に置き、トリスターノの自作(A)でそれらを挟みこむ〈A–B-C–B-C–A〉という“鏡”のような構成をとる。

 このアルバムのプロデューサーは、ドイツのミニマル・テクノの金字塔を築きあげテクノの後続に計り知れない影響を与えたモーリッツ・フォン・ オズワルド。トリスターノ自身「一般に『クラシックの録音』として考えられるものを超えたものとなったと思う」と語るように、彼との共同作業は、録音とその後のミキシングなども特殊だ。

 すべての作品にそれぞれ異なるミキシングを施しているのが特徴的だが、なかでも、バッハのパルティータ第1番と同じ変ロ長調を調性にもつ冒頭に置かれた自作《イントロイト》の最後の一音に電子的なエコーをかけ、それが自然な形でパルティータ第1番の〈プレリュード〉の最初の一音へと連なるようにミキシングしたり、パルティータ第1番では、続くケージの作品を意図し、グレン・グールドの用いるノン・ペダルの演奏手法をさらに現代的にした、徹底的に硬質な音色へと変貌させている。そして、パルティータ第1番〈ジーグ〉の最後の一音にも過剰なまでのエコーをかけ、続くケージの《ある風景の中で》のプリペアド・ピアノ(通常のピアノに加えて、ピアノ線にゴムやボルトなどを挟んで音を変調させる)へと効果的な連なりを施す。

 だから、聴き手はまるで、収録された作品全体がひとつの組曲であるかのごとく錯覚し、一気に聴きこんでしまう。それこそがトリスターノの狙いでもあるのだが、自作とともに、音色、メロディー、和声、リズムを巧みに絡み合わせ、ひとつの塊とし、それらがまるで「対話」しているかのように聞こえてくる演奏は、現代の演奏と言うよりも未来を先取りしたかのようなもので、聴き手は、否応にも時空を超えた音楽を眼前に奏でられ、トリスターノとともに音楽を、時代を旅することになるのだ。

 先に、最後に置かれたバッハのフランス組曲第1番BWV812〈メヌエットⅡ〉が特殊な姿をしていると書いた。これはここで詳述するのは避けたい。聴いてのお楽しみ。そこには、ありとあらゆる電子的な工夫がほどこされており、自作からバッハ、ケージを経て、最後にたどり着いた“現代のバッハ”のひとつの姿を提示しているものと言えるだろう。

 今回、『bachCage』のリリースに伴い日本公演ツアー中のトリスターノだが、このアルバムとほぼ同じ曲目構成でプログラミングされた最終公演(6月30日、東京・津田ホール)では、アルバムに込められた彼の狙いが、それとは同じ手法をとれない、“生”の演奏会でどのように表現されるのか、注目される。と同時に、リサイタルでの生の演奏とはまったく別の姿がこのアルバムには存在するのだから、トリスターノをよく知るためには、アルバム、リサイタル、両方の体験が必須となろう。
(文:唯野正彦)

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