【公演レポート】大いなる人間賛歌としての《コジ・ファン・トゥッテ》

 シェイクスピアの『夏の夜の夢』の森のシーンを3時間かけてオペラでやっているのが、モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》だと思う・・・。五島記念文化賞オペラ新人賞受賞記念アフタートーク(2018.11/10日生劇場)での演出家・菅尾友の言葉だ。

 なるほど、(ごく大雑把に書くと)『夏の夜の夢』ではライサンダーとハーミア、ディミートリアスとヘレナの2組の若い男女の恋の行方が描かれ、森のなかで悪戯好きの妖精のちょっとした勘違いであべこべな人間関係が生まれるが、やがて魔法が解けて円満解決する。一方、《コジ・ファン・トゥッテ》は、グリエルモとフィオルディリージ、フェルランドとドラベッラと、こちらも若い男女2組が、ドン・アルフォンソの悪巧みとデスピーナの入れ知恵で、本当の恋人と違う、互いの、姉妹の、友人の恋人を愛してしまうが、最後はめでたく和解する話だ。

 去る11月9日から11月13日まで、菅尾の演出でモーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》が日生劇場で上演された(日生劇場開場55周年記念公演/NISSAY OPERA 2018 モーツァルト・シリーズ/ニッセイ名作シリーズ。一般公演は11月10日、11日)。
2018.11/6 日生劇場での高橋絵里組の最終総稽古を取材。取材:唯野正彦 写真:寺司正彦)

 「オペラって楽しいよね、と思ってもらえる人を一人でも増やしたい。いっしょにオペラって楽しいよね、と語り合いたい」と話す菅尾はまた、「観て理解できるものでなければ意味はないし、中高校生向けの鑑賞教室もある今回、彼らに実感としてわかるものにしたい」と語る。

 今回の演出ではグリエルモとフェルランドを冴えない理系オタクの大学生に置き換え、フィオルディリージとドラベッラを、彼らの手によって産み出されたAIにした。リアルな世界ではふられてしまうがAIならそんなことはない、という信念が創り上げたAIのフィオルディリージとドラベッラはいわば彼らの理想形であり、憧れ。彼女たちを模したマスコット人形をカバンにぶら下げるほどの入れ込みようだ。冴えない彼らにとって現実世界では手に入らないもの。自分の意のままに操れるものを自分たちの頭脳とパソコンで産み出すのだ。

 けれども、そんなAIでさえも意のままにはならないし、心変わりするものだと説くドン・アルフォンソの悪巧みにすっかり乗せられたグリエルモとフェルランドは、変装し(自分たちもAIのいでたちで彼女たちの前に現れる)フィオルディリージとドラベッラの貞操を試す・・・。

 幕が開くと、そこは大学の部室、研究室。登場人物たちはみなIDカードをぶら下げ、すべてが管理されたID社会である現代を象徴する。

 グリエルモとフェルランドによって産み出されたAIのフィオルディリージとドラベッラは、『夏の夜の夢』の媚薬よろしく、彼らの絵姿が壁紙になったiPhoneを一目見て恋に落ちる。モーツァルト自身の結婚と相前後して作曲された《後宮からの逃走》以降、《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》《コジ・ファン・トゥッテ》《魔笛》には、若い男女の愛と当時の身分制への批判が込められているが、封建制度のもと決められた相手であるグリエルモとフィオルディリージ、フェルランドとドラベッラの関係を、現代社会に置き換えた舞台でも効果的に示す。

 AIであるフィオルディリージとドラベッラだが、スマートフォン無しでは生きられない現代社会がそうであるように、彼女たちもまたiPhoneを片時も離さず、恋人の名前ですら手にしたiPhoneを見て確認する有様で、現代のスマートフォン依存を痛烈に描く(最後に出てくる公証人ですら、書類はタブレットの中だ)。

 AIとして生まれたフィオルディリージとドラベッラだが、女子たちの味方デスピーナの教育で次第に人間の心が芽生え、自らの意志による恋心を持ち始める。

 しかし、グリエルモとフェルランドの想像を遙かに超えた進化を遂げたAIは、プログラミングされた意志とディープラーニングによって芽生えた意志との狭間で混乱し、終にはフリーズしてしまい動かなくなる。
 使いものにならないAIのフィオルディリージとドラベッラを片づけようとするグリエルモとフェルランドにフィオルディリージとドラベッラは(デスピーナが仕向けた)銃口を向けるが、銃を投げつけ去って行く。台本ではフィオルディリージとドラベッラがグリエルモとフェルランドに謝り和解することになっているが、“自由”へと解き放たれた彼女たちがその後どうなったのか?観る者すべてに余白を残す。

 恋い焦がれていたアロイジアとの結婚を父親に反対されたモーツァルトは、終にはアロイジアの妹のコンスタンツェと結婚する。それがモーツァルトの真意だったのかそうでないのか、わからない。けれども、自らの意志で結婚相手を見つけるというメッセージを込めた《コジ・ファン・トゥッテ》の演出として、菅尾のこの結末は、草食系男子への、また、スマホ依存の女子へのエールだ。
 そして、カーテンコールを終え、脱ぎ捨てられたロボットの着ぐるみだけがぽつんと残された舞台からは、急速に進むAI化の波ヘの警告と、どれほど発達したAI社会であろうとも最後はやはり“人間”だという菅尾の、そしてモーツァルトの「人間讃歌」のメッセージが込められていた。作曲家のなかでモーツァルトが一番好きだと語る菅尾の“モーツァルト愛”が示された瞬間だった。

 菅尾にとって、2012年《フィガロの結婚》15年《ドン・ジョヴァンニ》に続くダ・ポンテ三部作の最終章となった今回の《コジ・ファントゥッテ》。《フィガロの結婚》では多層に別れた部屋をロールスクリーンを用い場面転換、《ドン・ジョヴァンニ》では回り舞台を効果的に用いた場面転換を行ったが、《コジ・ファントゥッテ》では《ドン・ジョヴァンニ》でも一部使われたストリングスカーテンと、左右にスライドする(一部は回転、移動もする)複数の部屋で場面転換を行った。今年ビュルツブルクで上演された菅尾演出によるアダムスのオペラ《ニクソン・イン・チャイナ、中国のニクソン》では、回り舞台の上にさらに設えられた複数の部屋を登場人物たちが往き来することで、物語の流れに躍動感を与え、スムーズで効果的な場面転換を行っていたが、回り舞台を設えるのが難しい日生劇場で、それを上回る効果を生み出した今回の舞台セットは、困難のなかから生まれた発想の転換だった。

 映像を巧みに使用するのも菅尾の特徴だが、第2幕、フェルランドが歌うカヴァティーナ「裏切られ、弄ばれた、僕はあの不実な心に」では、ドラベッラとフィオルディリージをストリングスカーテンに映し出し、フィオルディリージの髪の一筋をフェルランドが首にまとう。そのさまはまるで《ペレアスとメリザンド》での、城の塔から垂れるメリザンドの長い髪を彷彿とさせる美しさだった。

■日生劇場開場55周年記念公演 NISSAY OPERA 2018
モーツァルト・シリーズ 《コジ・ファン・トゥッテ》
2018.11/10(土)、11/11(日)各日13:30 日生劇場
演出:菅尾 友 指揮:広上淳一
出演/(カッコ内は出演日) フィオルディリージ:嘉目真木子(10)/髙橋絵理(11)、ドラベッラ:高野百合絵(10)/杉山由紀(11)、フェルランド:市川浩平(10)/村上公太(11)、グリエルモ:加耒 徹(10)/岡 昭宏(11)、デスピーナ:高橋薫子(10)/腰越満美(11)、ドン・アルフォンソ:与那城 敬(10)/大沼 徹(11)
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ 管弦楽:読売日本交響楽団

問:日生劇場03-3503-3111 
http://www.nissaytheatre.or.jp/

■第25回 日生劇場舞台フォーラム2018
オペラ『コジ・ファン・トゥッテ』
“転換可能な私たちの舞台”
2018年11月10日(土)18:30 日生劇場
パネリスト(予定):演出:菅尾 友、美術:杉山 至、照明:吉本有輝子、衣裳:武田久美子 映像:山田晋平、進行:粟國 淳(日生劇場芸術参与)

問:公益財団法人 ニッセイ文化振興財団(日生劇場)技術部
http://www.nissaytheatre.or.jp/schedule/forum2018/

■五島記念文化賞オペラ新人賞受賞記念アフタートーク
ー菅尾友が語る演出家の仕事ー
2018年11月11日(日)終演後 日生劇場
ゲスト:佐藤美晴(演出家)、長島 確(ドラマトゥルク)

ゲネプロ(最終総稽古)写真はこちら>>